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秋の夜空の元、考え事に耽っていたら、手足が冷え切ってしまっていた--
そんなことすら、握られた手の温かみを感じるまで私自身気付かなかったのです。
「リリエンヌ、もう冷えるから部屋に戻ろう?」
「ゆず、どうして私がここにいるとーー」
「そんなの決まってるゾ!ゆずはリリエンヌの幼なじみだから、リリエンヌのことならなんだってわかるんだゾ!」
いつもの笑顔でゆずは私の疑問に答えました。
握られた手は暖かく、むしろ少し汗ばんでおり、ゆずが今まで私を探し走り回っていた事を示していましたが、私はその事には何も触れずゆずの手を受け入れました。
「ふふっ。ゆず、それでは理由になっていませんよ。」
自然に溢れた笑顔をゆずに向けました。それはなんだかとても久しぶりの感覚のようでした。
私とゆずはいつものように手を繋いで、いつもと違う、静まり返った夜の道を寮へと静かにゆっくりと歩いたのでした。
8月16日
ゆずのライブを観に行きました。と言っても、ゆずが私のために療養中の高原ステージで開催したため、私の部屋から外を眺めると目の前にステージがみえる、いわば特等席。
いつも外を眺めて夏の終わりを願うばかりのこの場所も、ゆずにかかればあっという間に素敵に輝く場へと変えてしまうのです。
ゆずのライブ終わり、裏方に挨拶に伺いました。
大勢のスタッフの方々がステージチェックや音響、照明チェック等でパタパタと駆け回っています。皆さん暑くてしんどそうなのと裏腹に、表情はキラキラと輝いていました。ゆずのステージを一緒に支え作り上げる、まさにキラキラな一時でしょう。
私はゆずを見つけると、小さな歩幅で側へ向かいました。
「あ!リリエンヌ!も~部屋で見ててって言ったのに!こんなに暑い中外に出て来たら意味がないんだぞ!」
ゆずは拗ねた口調で私を心配してくれます。
私は、どうしても直接感想を伝えたかったのをゆずに話ました。
「も~っつぎの曲もうすぐ始まるけど、それまでに絶対にお部屋のベッドに戻るんだぞ!ゆずとの約束!」ゆずは照れながらも然り口調を変えず、私に部屋に戻るよう促します。
先代S4の先輩方の姿ががそこにはありました。
「ゆず、いいステージだったぞ。ほら、ご褒美タイムだ!」
「わーいツバさっちのご褒美ラムネ~♡ᵕ̈ひっさしぶりだぞ☆」
ゆずは勢いよくプシュッ、と蓋を押し込み泡をこぼし笑います。
「あらあら、ゆずったら、相変わらずおてんばさんね。もう高等部生なのだし、女の子ならおしとやかも必要よ?」
「ふふっ。ゆずは目の前の楽しいことが一番大事ですものね。」
談笑しながら囲むその空気はとても独特であつあたたかく、特別な雰囲気を感じとることができました。たった一年、学園のトップアイドルとして一緒にアイカツをしただけでこの絆とも呼べるのでしょうか、深いつながりを私は感じました。
遠目からゆずを見返しました。ゆずは勢いよくツバサ先輩から与えられた”ご褒美”を空を仰ぐように飲み干さん勢いで喉に滑らせていました。
その時、強い光が私をギラリと睨みました。
ラムネの瓶の中に入っているビー玉が、どうやら太陽の反射で光ったようです。
あれ、ラムネ出てこないぞ~
「上に向け過ぎると、中のビー玉が飲み口に挟まって飲めなくなるんだよ」
「え~ゆず!勢いよく飲み干したい!」
そんな賑やかしい会話を遠くから聴きながら、私はラムネのビー玉に何処か心惹かれながらその場を去ったのでした。
8月9日
まいにち同じ夢をみる。監獄の中で囚われている、高い山の上で私はひとりきり。孤独との戦い。この孤独が終わることを信じてただひたすらに待つしかない。
"孤独はこの世で一番恐ろしい苦しみだ。どんなに激しい恐怖も、みんなが一緒なら頑張れるが、孤独は死に等しい。"
こんな言葉があったことを夢から覚めた私はふと口にしていました。
ブランドを立ち上げ、ユニットを組んで、後輩達とも繋がりができ、昔の自分に比べると今は随分と周りが賑やかしくなりました。また、私自身の考え方も大分に変化したことを私は忘れません。
自分一人の力ではない、誰かに助けられここまで私はやってこられた。この先も、周りの方々に助けられ、支えられ、この貧弱な体とともに、ゆずと一緒に生きてゆくのでしょう。
未来はわかりません。ゆずとずっと一緒にいられる保証も、根拠もありません。私もゆずも、いつしか別々の道を往く時が訪れるかもしれません。しかし、それは別れではなく、再びどこかで夢が交わり合うこともあるのでしょう。なんて、どこかの物語の受け売りのよう。
こんな先のことを考えたところで仕方がありません。
体に負担のかからない作業にとりかかることにしようと、新作ドレスのヘアアクセやアイカツシステムの新たな"コスメアップアクセサリーカード"に取り掛かってみようかしら。と思い立ちました。
ドレスのことを考えると浮き足立つ自分がわかります。しかし、集中しすぎてまた倒れてしまっては療養の意味がありません。
…新作の考案はまたの機会にしましょう。
ゆずから貰い受けた本を今日も開きます。可愛らしいドールたちが華やかできらびやかなドレスを身にまといひらひらと本の上で踊り歌っています。それはまるで生きた女の子のように、頬を染めドレスを愛して唄っている。
私の今の夢、目標--
ゆずと一緒に、ずっとアイカツ!を続けたい。
そして--
疲れを感じましたので、再度床に就くことにしました。窓の外は晴天。ゆずが先日持ってきてくれた の花が光に照らされて白い光を私に向けました。
ゆず。ゆずに会いたいです。私はアイカツフォンでゆずにメッセージを送り、布団へ戻りました。
またあの監獄に戻ることが果たして療養になっているのでしょうか。疑問でなりません。心身どちらもより悪くしている気がしてなりません。
"健全なる精神は健全なる身体に宿る。"
まさにその通りで、どちらか崩れてはダメなのです。身体が弱っている今、精神をしっかり保つことがいま出来る私のアイカツ!、待っていてくれるゆずのため。
「今日は夏の夢をみるかもしれませんね」
7月26日
自室のドアを開けると、日中の日差しの影はなく、ここ数日の中では気温が少し和らいだのでしょうか。風が気持ちいい。ドアを開けると、そこに自室との境界線はなく、私は空気に溶け込みました。
キミダケノモノガタリ
私は自分の作詞した歌詞を呟いていました。相変わらず体調は万全ではない。そんなことはどうでもよいのです。明日、ゆずに会いに行こうと私は思い立ちました。話さなければ、ゆずともっと、もっと一緒にいるために。
去年は療養の選択肢をとらず、四つ星で中等部最後の夏を過ごしました。ゆずと一緒に過ごした時間は人生で一番多かった。今年の夏よりも。
私は自分が焦っていることは百も承知なのです。それが故に余計に心身に負担をかけていることも。
しかし、昨年自身のブランドを持ち、SPRドレスをも解禁した今、私に立ち止まっている時間などないのです。時計の針はもう、動き始めてしまった。そしてゼンマイを巻いたのは他ならぬ私自身なのです。
1秒1時無駄にしてはならない。私は自身の生み出したドレスがもっとみたい。袖を通し、ステージに立ちたい。飛ぶ方法はそれしかないのです。
伝説は、君の手に。
7月24日
昨日よりいくらか気温が下がったのでしょうか、久しぶりに外出をしました。と、いっても寮から四つ星高等部本館への敷地内だけの移動なのですが。
私は久々に制服に袖を通し、講義へ赴きました。中等部では、一般教養に加え、アイドルの基礎座学の時間もありましたが、高等部は外来語含むほとんとの講義を生徒自身が選択するシステムをとっています。と、いうのも、高等部へ進学した四つ星のアイドルは、既に中等部で培ったアイドルとしての土台と素質を花咲かせ、仕事にかける時間が増えるからです。私も、四つ星の本館へ赴くのは久々のこと。…ここ暫くはブランドのお仕事と病院と、自室へ篭りきりの生活でしたので。厳しい暑さとはいえ、あまりに夏から切り取られた場所へ隔離されてしまっていては、新作のアイデアも浮かばない。夏の間も、視界が狭くならぬよう気をつけねば、外を歩きながら私は思うのでした。
今日は色彩学の特別講義。ミラノのクチュールのブランドデザイナーが、一日かけて特別に講義をしてくださるのです。生地による色合いの出方、感じ方、表現の方法…本場のデザイナーの仕事ぶりを目の前で見られる機会など、滅多にありません。この世界の大物を引き連れてくる学園長の人脈は侮れません。
デザインやコーディネートの知識を学んでいた学友の有利のことを思い出しました。彼女はネオV.Aの船へ乗り、世界へ渡りました。世界の海を周り、そのカラフルな世界のアイカツ!や風景を目に焼き付けて彼女は帰ってくるのでしょう。案外、いまミラノにいたりして。そう考えると、遠く離れていても、世界が繋がっていることを感じます。
そろそろ今期の秋冬の新作ショーが本場では行なわれる時期です。私もいつか、パリコレに進出するような世界のブランドに、ゴシックビクトリアと共に世界に挑戦したいと想いを馳せました。
7月23日
今日の気温は過去最高、都内では40度を越えた土地もあるようで、テレビの向こう側では中継の人間達が何やら注意喚起やら酷暑宣言をおこなっているようでした。しかし、真夏の太陽を遮って冷えた空間に篭城している私には人事のように感じざるを得ません。世界から切り取られた空間で、私は生きているような気分になりました。
ゆずの顔が晴れません。ここ数日、なにか考え事をしている様にみえるのですが、本人に尋ねても
「ゆずはいつも通りだよ?」と、少し焦ったような笑顔を返して走り去ってゆきます。ゆずは、昔から嘘や隠し事が出来ない子でした。きっと、私のことについて、何か考えているのでしょう。そこまでわかっていても、私には後はどうすることもできませんでした。
自室でブランドの新作のパターンを起こしているとふと、私は窓を開け、腕を外に伸ばしました。空気がゆらいでいます。
7月20日
ひんやりと冷たい空間で息を潜めるように過ごし、早5日。
今日は、現26代S4の武道館ライブ。それを知ったのは、ゆずから2人で後輩の勇姿を見に行こう!と、特等席のチケットを渡されたからでした。
ゆずにとっては2年を過ごした特別な場所。私には、到達できなかった、特別な場所。
扉を開きました。もう17時、いえ、まだ17時でしょうか。外の気温は高く、日が落ちる もありません。
前髪で隠した冷えピタを見せないよう大きめのつばの付いた麦わら帽子を被り、私は夏の空の下を歩きます。
瞬間、身体中の体温が上がるのを私は感じました。きゅっと一瞬目を瞑ります。
「リリエンヌ!今日もう大丈夫?」
ゆずが走って私の前まで来たのでした。
「…ゆず。太陽が落ちてきたのかと思いましたよ。」
「相変わらずリリエンヌはポエムっこさんだぞ!それより外、暑いから車で送ってもらうぞ。こっち。」
ゆずと会うのはフェスの日ぶり。世界はあれよりもうすっかり夏に染まっておりました。遠くの入道雲、どこから聞こえる蝉の声。
…こんな時期から鳴き続けて、ただでさえ短い時間しか外で生きられないのに。彼らは何を思い生涯の残り5%を地上で過ごすと決めたのでしょう。私は太陽に手を伸ばします。日傘から出た白い手を焦がす感触が伝わる。
「太陽に、憧れてしまったのでしょうか。」
口からほろりと零した言葉にゆずは気づくこともなく、私たちは武道館へ向かいました。